甲府で室内合奏団の活動を始めて、38年ほどが経った。、その間の山梨のクラシック音楽活動はなにか変化してきたのだろうか?
僕の記憶では室内合奏団としては、昔プリモ合奏団というものがあり、それが母体となって山梨交響楽団が設立されました。主として教職員が中心となった官民一体の支援を受けた山梨では唯一の市民オーケストラである。
甲府室内合奏団はこれに遅れること2年ほどで、活動を始めた。それ以後現在の南アルプス市に拠点をおく白根桃源オーケストラができた。
これ以外で恒常的に活動しているものとして、山梨大学交響楽団、山梨大学医学部交響楽団、都留文化大学交響楽団、山梨シニアオーケストラ(山梨交響楽団OB が中心)があるようだ。
また、山梨県高等学校文化連盟オーケストラ(略して高文連オケ)、ジュニアオーケストラ(山梨での国民文化祭を目指して設立された)など。
そして室内合奏団としては山梨大学医学部交響楽団OBにより始められた「たまほ弦楽アンサンブル」がある。この他、恒常的ではなく、アンサンブルを組んで活動する場合もあるようだ。
もれているものもあると思う(これはあくまで正確な記録として記しているわけではないの)が、大体こんな感じだろう。
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| 創立30周年記念コンサート |
東京などの大都市では人口が集中し、優秀なアマチュア=専門的な技術のスキルの高い=も同様に集中して存在しています。うらやましい限りだ。悲しいかな、山梨に限らず地方都市では、そのような人たちは本当に少ない=ゼロに等しい=し、またそのような人は東京にいったきり地元には戻らない。プロとしては食べていけないし、そのような文化を=クラシックに限らず=恒常的にサポートする企業も個人もない。中央と地方では人口の格差、富の格差と同様に、文化の格差もあるのが現実だ。
まだまだクラシック音楽というのは日本ではマイナーな分野。無くても平気という人口が圧倒的である。
音楽のドイツでは、2万人前後の地方都市であれば、必ずオーケストラが存在する。
そして個人宅ではサロンコンサートが開かれ、たくさんのアマチュアのアンサンブルがある。
音楽は日常の生活の一部であり、特別なものではない。
沖縄=琉球=では、誰しもが子供の頃から三線(サンシン)をならい、その地に伝わる謡や踊りをマスターし、何もなくても常に生活の中に音楽がある。 ドイツなどにおけるクラシックという物はそういうものだ。決して特別な物ではない。
日本とドイツでは勿論事情は違う。生い立ちも異なるし、異なった言語や感性を持っている。
しかし、それにしても日本の国が文化にかける情熱や予算、関心は余りにも貧困であることは、毎年の文化庁の予算を見れば誰しもそれを否定できないことだと思う。
経済界をリードしている企業や成功した経営者、富裕層などのスポンサーシップ、官などの文化に対する深い理解や支援、など日本ではあまりに乏しい。これでは相変わらずエコノミックアニマルといわれても甘んじなければならないだろう。
自分が関わってきた少し室内合奏団というもの、その活動を維持していくことの困難さは少人数ならではのものがある。特定の人のリーダーシップと音楽に対する理解度の深さが欠かせないし、その立場の人にかかる負担は大変なものがある。
甲府室内合奏団は、クラシックを身近に感じ、楽しいものだと思ってもらえるよう、サロンコンサートからスタートした。自分たちの生活のスタンスからして、自由に活動したいとの思いから、
公的な援助などの要請も行わず、自主的な運営を心がけ、それは現在も変わってはいない。
自らも都内でアマチュアの合奏団を主宰し、全国の大学オーケストラなどの指導を積極的におこなっている東京交響楽団のチェリスト升田俊樹氏にお願いして、トレーナー兼指揮を長いことお願いし、当団を育てていただいた。その間、升田氏の豊かな人脈で著名なソリストとの共演も実現できた。
これらの出会いは、団員の技術や意識などさまざまな形でレベルアップさせてくれるものだった。
また、チェリストで現在東京音楽大学副学長をされている堀了介氏は、設立当時から現在に=(今年の演奏会でも指揮を委嘱) =至るまで、大変なご尽力をいただいた。
あえて言うが、パートナーである、コンサートマスター竹原久美子は、この38年の間、演奏面での重責のみならず楽員の指導、そして運営面において、並々ならぬ努力、気配りを欠かすことなく、団をリードして来た。頭が下がるばかりだ。
しかし、このような限られた個人の尽力がいつまでも続くことは不可能だ。
ここまで成長できた合奏団も今後どのようにして存続し、さらに成長していくことができるのか・・・、大きな課題だ。
オーケストラは、優秀な室内アンサンブルがいくつかあれば優秀なオーケストラはいつでもできると思っている。それはー(勝手なことを言って怒る方もいるかもしれないが)、ヴァイオリンが20も30人いても、聞こえてくる音量はせいぜい10人ほどの音量しかないようなオーケストラというのが大体のアマチュアオーケストラではないだろう。
楽曲を深く理解し、それを実現するための技術の習得に励み、全員が心を合わせて演奏に向かう室内楽の魅力は汲めども尽きぬものがあり、これで完成というものはない。
地方にいてその地の文化不毛度や理解の無さなど嘆いていても仕方ない。団の活動を始めたときも同じように文化不毛だなー、と嘆いていた気がする。何もないのなら自分たちの手で、という気概ではじめ、いまは少なくとも当時よりはにぎわっていることを良し、としなければならないだろう。
団員の中にはリタイアしていわゆる第2の人生をおくる者もだんだん増えてきた。
私も世代的には該当する=高齢者に分類される=わけだが、世間並みにゆとりある老後というわけにはいかない、今後も生活のためには働き続けなければならない。
すばらしい室内楽の世界を仲間とともに追求していけることは、生きていくうえの大きな糧であり、支えになっている。今までもそうであったし、健康である限り続けられたら本望だ。
天才たちが残してくれた素晴らしい作品、そして何よりも天が与えてくれた音楽という宝物に感謝したい!
願わくば、より多くのアンサンブルが県内に活動を拡げ、お互いの交流も盛んになり、豊かな自然の環境の中、日本においてこの地が音楽家にとっての 故郷になることを夢みたいものだ。

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